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2008年12月

日本のクリスチャン人口

「日本人 クリスチャン人口」で検索したサイトです。よければ見てください。キリスト教についてのわかりやすい解説がありました。

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「キリスト教は西欧の宗教」について

http://www11.plala.or.jp/tyamaki/sseiyou.htm

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最近はレンタル屋に行き、キリスト教の映画を借りてみるようになりましたがその中には超大作スペクタクル映画といわれる作品も多くまた、作品によっては象徴的な場面やせりふがあり、考えさせられました。

たとえばキリストの生涯を書いた作品「偉大なる生涯の物語」では、旅での睡眠中に上着を盗まれたといって苦情を言う弟子に対してキリスト様が言う言葉は「盗まれるようなものに価値があるのかね?」というものでしたがどうも、個人情報も、では価値がない代物か?などと考えました。聖書の教えでは「体を殺しても魂を殺せない人間を恐れるな」というものがありますがつまり魂の問題がもっとも重大なことであるということかと思いました。

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後は旧約聖書に出てくる「サムソンとデリラ」という人物のエピソードを書いた映画もありますがこれは、ナジル人といわれる神に仕える類の人間として生まれたサムソンという怪力を持つ男性が怪力を失うにはどうするのかということをデリラという女性に問い詰められた結果教えてしまうというものです。敵の陣に捕らえられたサムソンに同胞のイスラエル人の女性が駆け寄り「私はとらわれの身で縛られている」というサムソンに対して「しかし心は自由であります。むしろ奴隷はあの人たち(サムソンを縛り付けて見世物にしている敵の民ペリシテ人たちのことだと思いますが)です」という場面がありこれも象徴的に思いました。

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つまりどういう意味かというとそれは「罪の奴隷である」ということかもしれません。魂は死後も永遠に生き続けて天国か地獄のどちらかに行かねばならないからです。罪の奴隷になっている場合は自分で罪の行為を制御できないのかもしれないために幸いではないということだと思います。

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本日は地域にある教会に何とか礼拝に行きましたがそこでの説教で牧師先生が「世には一体何が真実なのかと探し回りいろいろと試行錯誤などを重ねている人がものすごく多くいますが、真実とは神様のもとに行くことにしかないのです」といわれていました。神様の言葉である聖書にそのとおり真実の言葉があり、それ以外には救いも慰めもないということだと思います。イエスキリストの言葉に「私が道であり、真理であり、いのちなのです」という言葉がありますがそれが最もはっきりわかりやすく救いの道を述べている気がしました。

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信仰の歌

吉祥寺キリスト集会で使っている歌集には現代の世に合うように書かれているというか分かりやすい表現の歌詞があるのでそれを書き写します。

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歌集13番 「主は語りかける」

思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。(第一ペテロ5:7)

一 主は語りかける「悩みを持って、いまわたしのそばすぐに来なさい。」

*何事も我が主イエスに頼り切る安けさ。御心にゆだねる。

二 世の力と富すべて空しい。主に頼る時に御心はなる。(*おりかえし)

三 世のたくらみなど役に立たない。主の光のもとすべては実る。(*おりかえし)

四 主に頼るものは動かされない。人の力などは何も生まない。(*おりかえし)

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歌集99番 「人の知恵で見つけられぬ」

私の苦しんだ苦しみは平安のためでした。(イザヤ書38:17)

一 人の知恵で、見つけられぬ。安らかに生きる道。

苦しみも、悩みもすべて、主の前に差し出そう。

二 すべてを知られる主イエスは、救いの御手を伸べて、

いのちと、安らぎの道に、我を導きたもう。

三 かすかな風の、そよぎまで、すべてを知られる主は、

永遠の、安らぎの道に、我を招き入れたもう。

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キリスト集会より歌集や歌の入ったCDも出ていますがそれを聞くと癒されるものを覚えます。正直神様の造られた素晴らしい空などへの感動はありますが地上では一体何かと思うほどの愚劣三昧の姿を見ています、(加害者らの)幾ら彼らがこちらを「恥ずかしい存在」に仕立て上げようがやはり「神様の造られた美しい空」に100パーセント無関心に見え、自己のワンパターン行為に何の思考もないかのように耽る姿は異様ですし恥ずかしい気がします。いい年した人間がそういうことを繰り返して本当に幸いだろうかと思います。彼らはこちらが美しい空に感動することを下劣に嘲弄するための茶番までしていましたので、異常だと思います。

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覚え書き

最近ある信徒の方が「キリスト教の信仰生活に関する覚え書き」を送ってくださいました。吉祥寺キリスト集会という所からのものだと思います。吉祥寺キリスト集会はHPもありますのでよければ見てください。覚え書きの内容を書き写します。

キリスト集会のHPです。↓

http://www.christ-shukai.net/

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「主とともに生きよ」

主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目覚めていても、眠っていても、

主とともに生きるためです。(第一テサロニケ5:10)

あなたは今、困っていますか。生活に疲れていますか。

あなたの心は、つらい気持ちや悲しみで、

一杯ではありませんか。

しかし、イエス様は、あなたのそばに居て下さいます。

あなたに、生活の秘訣を教えましょう。

イエス様だけに目を注いで、今の、目の前の、一つ一つの仕事を感謝して行いなさい。

明日のことを考える必要はありません。

イエス様はあなたをこわさないように、

大切に抱いて、一日一日、

生きていくことに耐えさせてくださいます。

あなたは苦しみによって消耗されることはありません。

苦しみによって、成長していきます。

今日の、一瞬一瞬を、主と共に生きなさい。

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これが覚え書きの内容ですが正直厳しく取り付くしまのない印象を覚えましたが、神様がすべてを支配しておられるのであれば神のなさることに反抗や抗議をしても仕方がなくただ哀れみと助けを求め、祈りつつ平安をいただくように祈りもとめるしかないと、思いました。人間は神のみまえに小さな存在であり被造物なので、神に従い神を恐れることにしか、救いがないと思っています。

現実は毎日悪態を吐き散らす惨めな状態ですが人間を恐れるのではなく神を恐れることが重要なことだと思います。

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人間はみな罪人であり、イエスキリストの十字架による購いを信じて心に受け入れることにしか救いがなく他の方法で救われることはない、イエスキリストの購いを拒んだり否定したり侮る人間は結局は裁きにあうだけである、今は世の終わりが近いと思われ人間にできうる最善のことは神のみまえにひれ伏してあわれみを乞い、購っていただき永遠の命を勝ち取ることであると思います。

聖書には「世に勝つ者とは誰でしょう、イエスを神の子と信じる者ではありませんか」とあります。悪を行う者は悪魔から出た者であるというみ言葉がありますが、悪魔ははじめから偽りであり絶望しかない存在であり人間をだまして地獄行きにさせることが目的である、悪魔の手下になっているような人間は絶望と滅び(永遠の刑罰)に向かっているのである。ということを、最近になりようやく認識しました。

以下に関連のみことばをコピペします。

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5)世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。

8)罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。

10)そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。

ヨハネの黙示録22章

10)またわたしに言った、「この書の預言の言葉を封じてはならない。時が近づいているからである。

11)不義な者はさらに不義を行い、汚れた者はさらに汚れたことを行い、義なる者はさらに義を行い、聖なる者はさらに聖なることを行うままにさせよ」。

12)「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう。

13)わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。

14)いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門をとおって都にはいるために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。

15)犬ども、まじないをする者、姦淫を行う者、人殺し、偶像を拝む者、また、偽りを好みかつこれを行う者はみな、外に出されている。

16)わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」。

17)御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。

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以下は「盗人」で検索した箇所ですが「主の日」がやってくるという事は最近ようやく信じるようになりました。(つまりイエスキリストの再臨のことです)

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2)あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。

4)しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。

15)あなたがたのうち、だれも、人殺し、盗人、悪を行う者、あるいは、他人に干渉する者として苦しみに会うことのないようにしなさい。
(↑これは加害者の事みたいですね。私も以前は他者への干渉(特に親への)が酷い者でしたが)

10)しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。

3)だから、あなたが、どのようにして受けたか、また聞いたかを思い起して、それを守りとおし、かつ悔い改めなさい。もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう。どんな時にあなたのところに来るか、あなたには決してわからない。

15)(見よ、わたしは盗人のように来る。裸のままで歩かないように、また、裸の恥を見られないように、目をさまし着物を身に着けている者は、さいわいである。)

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加害者の行為

音声送信は「人工知能」を使っているという書き込みを被害者の掲示板で見ましたがそれが事実とすれば嫌味悪態など何を言おうが無駄なのかもしれません。

しかし一日中起きている間中粘着質な聞き取りづらいストレスを与えるような声を聞かされることは耐える方法が分からず困っています。

後はリアルの工作員は明らかに人間ですがこういう人たちも、少なくとも脳みそを非人的な状態にされているのではと思います。

後はずっと年が下なのに子供が面白そうに此方へ襲撃的な行動をとるため、悪趣味な漫画の世界を強制されているような気がします。

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天国と地獄の情報

http://www.tengokujigoku.info/index.html

上のサイトは「エターナル・ライフ・ミニストリーズ」という会社が作っているホームページですが、天国と地獄についての証などの文章が載せられています。

このサイトで紹介されている発行本の「地獄についての神の啓示」という本を買って読みましたが大変具体的で分かりやすい内容でした。皆さんもぜひ読んでみてください。

地獄は実在し、天国も実在している、裁きは本当にあるということは信じますが現実的には加害者らの下劣で執拗な攻撃に悪態を吐き散らし、自己に絶望しているという状態です。地獄における悪霊や悪魔の地獄行きにされた人間への嘲りを伴う攻撃は具体的に書かれていてどう考えても行きたくはない場所であると分かりますが、現実に行われている禍々しい嫌がらせの洪水は一体どうやって耐えたものかと苦悩しています。

因みにテレビがついているとお笑いバラエテイーや、朝のニュース画面での嫌がらせやほのめかしを覚えることが多く不愉快になり外に出ると必ず現れる子連れや意図的な扮装の加害者女性や労働者などからの嘲弄じみた言葉や笑い、小学生などの子供からの襲撃じみた行動(自転車で蛇行しながら勢いよく走ってくる、集団で走ってきたり何か喚いたりして威嚇的な態度をとっているなど)、毎日繰り返される加害者らの近くの街道における威嚇的な車両の行列見せつけ行為などが、今時分の嫌がらせかもしれません。

後は家にいる間中続く機械によると思われる車両音のような音を聞かせ続ける粘着嫌がらせが酷いです。玄関に行くと必ず外を車両がサーっと通過する姿を見せて来るようです。後は人間が意図的に通過しているようです。

後は音声による嫌がらせは甲高い機械的な声で嘲弄を一日中続けています。聞き取りづらく非常に陰湿姓を覚える嘲弄を毎日一日中続けています。日本語で成立しないような音声での感覚的な嘲弄です。恥辱与えやブチ切れを狙うような感じです。

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それと先述の本には世の終わりに起こることについての記述がありましたが「刻印を押させる獣が現れて「人格や知性を破壊させる機械」に人を掛けて、その獣の意思どおりに働かせるようにする」という内容がありました。獣は人間で一見天才的な政治家だそうです。(キリスト教のサイトによると)

今時分被害者たちに加害行為をし続ける人間は性質的に理解できず苦悩していましたが、もしかするとすでにこの「人格知性破壊機」に掛けられた人間が多く存在し、人間離れした心身虐待を隠れた場所にて行っているのではと考えました。

そうとでも考えなければあの加害者らの信じがたい性質は説明がつかない気がします。(残虐、冷酷、執拗、人間的な考えが通じない、理屈やルールと別の世界で生きているようだ、同じ事を延々と平気で長期にわたり繰り返し続ける、信じがたい程の下劣さ、粘着性、羞恥心がなく真の自尊心がないように思える、など)

後どこかの被害者の掲示板に「加害者らはどうも、被害者側の書き込みを理解していないと思います」という書き込みがありそれは事実ではないかと思ったこともあります。

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彼らの関心は「自分たちのしていることへの対象者の反応や心理効果」にしかなく普通の話が通じないのではと思いました。決まりきった虐めのキーワードの他は、自分たちの得体の知れぬ世界のことを一々話している姿を見せるだけです。

被害者との交流や意思の疎通をする気はなくただ「自分たちの行為の相手への何がしかの反応や効果」にしか関心がないのではと思いました。その反応や効果などをモニタ画面などを見て面白がっているだけのような印象があります。

あまり役立つ内容の記述ではないかもしれませんが。

この加害者らの「反応をむさぼるためのマインド虐待ゲーム」と言うことを行い続ける性質は加害者らによる洗脳などでそういった性質が身についてしまうようです。

私もメデイアの心理おためごかしいびり嘲弄ゲームに巻き込まれていたときにそういった性質になっていました。これは健全な人間にとっては厄介であり非常に苦渋を覚える性質だと思います。

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あと、聖書の詩篇の118,9篇あたりには、まるで集ストの被害にあっているような人間の心情が書かれています。これを読んだときに思ったのは「神様は今時分起こってる災いへの対処になるみことばも、用意してくださったのではないか」詩篇を書いたのはダビデやアサフと言う詩人ですがこの方々が自分が体験したことを書いたのかもしれないが神の霊感により今の時代に起きる災いを預言してくれていたのではなどとも、考えました。

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