聖書から人生を考える
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/e/e45a2f40a189e2b76dd563485bf353f5
上のサイトは「神 さばき 裁き」で検索したものですがこのキーワードで検索すると神の正しいさばき(最後の審判)についてのメッセージが多くあるようです。
実は加害者への裁きは「特別な免除、赦免」があるのだろうかと、内心疑心暗鬼に襲われ続けています。彼らがあまりにも、自信たっぷりに悪を行い、また神については平気で否定し侮り、あざけり、その代わりに自分たちが属する変な世界観や価値基準というものを押し付けてくるような嫌がらせが非常に多いからであります。
不信仰な考えだと思うのですがそれだけ彼らはやっていることが荒唐無稽に不気味であり信じがたい性質を持っているような感じがします。
特別な環境や機械などの技術を与えられているせいでそうなっているのかと思うのですが、不可解なほどのふざけた残虐性を覚えています。
もっとも自分も神を恐れず無知であったころ、信じがたい愚劣行為をして悦にいっていたことは多くあったと思います。(たとえば蟻の巣をぶっ壊して悦に入り何とも思わずただ「面白くて爽快」だというだけの理由からやっていました。)凡そ、十代の頃かも知れませんが。
親への暴力行為や反応してほしい気持ちから来る執拗な責め苛みもやりました。これらはすべて深く深刻で重篤な病理性からきていたと思いましたが加害者らの行為を見て昔の自分と共通性があるような気はしています。
自分の行いの刈り取りをさせられているのだろうかと思うことは多いです。
ただ、中には後ろ暗さから来るのか目を合わせないだとかどこかおびえた様子だとか、後姿がうら寂しく見えるとき(加害者らの)もあります。
そういった様子を見るとやはり神が人間に与えた「良心」というものが彼らにも潜む可能性がある気はします。
http://www.ne.jp/asahi/petros/izumi/2008msg/080608.html
上のサイトにも、神のさばきについてのメッセージがあります。
| 固定リンク


コメント
この世を終わらしたり私が審判したり、この世を支配したり、このようなことは起きません。
このことを待ち望む人は神の心でなく、破壊を望む悪魔の心です。弟子達よ神の心を宿しなさい。そして多くの人達に伝えて下さい。(イエスの言葉)
投稿: | 2008年11月26日 (水) 21時22分
こんにちは、私は最近ようやく聖書の記述を信じるようになりました。イエスキリストの再臨説や天国や地獄での裁きも信じております。
日本人はキリスト教を信じる方が少ないですがリバイバルが起こることを望んでいます。
一般に売られている聖書の記述どおりであれば世の終わりや最後の審判やイエスキリストの統べ治める世界の到来は信じるべきであると思います。
投稿: 鍋蓋 | 2008年12月 4日 (木) 13時06分